FC2ブログ

モツ鍋フィーバーより誕生。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------------- スポンサー広告 :

『魔術学校攻防』感想⑥

これでラストです! やっと終わった……書き終わらないんじゃないかと思ってた……終わって良かった。
ただ、今回の記事は半分以上考察というより、おかしな方向へ突っ走った妄想なので、どーなんだろーという感じです。ま、いっかと思ったからアップしちゃいますが。

ではでは、続きから感想の〆になります!


◎神話チックという妄想◎
・ちょっと道を逸れて。この『オーフェン』という作品は、神話的スケールの大きさ(神と世界の成り立ち)と、人間的スケールの小ささ(家族間の問題)が同居した面白さがあるよなーと思います。
・名前の元ネタは北欧神話が多いのですが、それ以外にも神話要素があるんじゃないかなーと、つらつら考えていました。
・先日、ある本(『魔術的イマジネーション』)を読んでいたら『神人オルフェウス幻想~西洋神秘主義の源泉』というコラム? の中で、「オルフェウス教」という、楽人オルフェウスを祖とする古代ギリシアの宗教に関する記述があり、その神話の成り立ちを読んだら「これって『オーフェン』世界の神話っぽいかも」と思いました。

・どういう神話かと言うと、人間の起源について記した人間創造の神話が、他宗教の神話と比べてちょっと異質なんだとか。本の記述を引用しつつ、ダイジェストにすると以下の通り。()は私の解釈です。
「大地母神の娘ペルセフォネと大神ゼウスの間に産まれたディオニュソス・サグレウスの子供だちは、ゼウスの仇敵であるティターン(巨人)族によって殺され、身を喰われてしまう。だが、ザグレウスの心臓のみを救い出すことができたので、ゼウスは子の心臓を呑み、今度は人間の娘との間に再びザグレウスを誕生させた。かくして、再生したザグレウスは人の姿をした神として最高神の地位についた。
一方、怒ったゼウスは愛児を殺戮した巨人族を稲妻にて焼き殺したが、焼き払われた巨人族の灰から人間が誕生した」

・つまり、「巨人族は神の子たちを喰った→巨人族の灰には神の子の要素が含まれているはず→ならば、その灰から誕生した人間にも、少しでも神の要素が秘められている。すなわち、人間は巨人と神の混合物である」。
・オルフェウス教の教義としては、「人間の内に秘められた神的要素=魂(神の欠片)を、それを幽閉する邪悪な要素=肉体(巨人の欠片)から分離・解放するのが目的」だそうで、「世界から課される肉体的・心理的呪縛から解放され(巨人から逸脱し)、人間を超越し(超人となり)、神との合一を果たそうとする(神と一体化する)」宗教なんだとか。

・正確に言えばティターン族も神の一族でありますし、ニュアンス的には異なるのですが、ちょっと『オーフェン』世界の設定を思い起こせるなーと妄想しました。
・『オーフェン』世界では、人間種族のルーツは巨人種族でもありますし、『終端』での仮説通り、本当に神人種族の現出と同時に巨人種族も現出したなら、人間種族=神人種族でもある。人間が人化→巨人化→人にもなれるし、精神化→神化→神にもなれる可能性を秘めているという設定は、神話的解釈なのかなと思いました。
・今巻【24章】で、「人間種族は神から切り離されたから獣に堕ちた」とキムラック教徒は考えているそうですし、「人間には元々神性が宿っている」という考え方は、オーフェン世界でもあるんですよね。
・また、『オーフェン』世界で「神人種族デグラジウス(確かに神様っぽい名前)が巨人化したヴァンパイア(人間)を取り込む=その身を喰う」構造は、オルフェウス教神話の「巨人族が神を喰う」の対比のようでもあります。
・オーフェン世界の「人間→精神化(肉体の束縛から解放される)→神化=世界離脱者(ウォーカー)になる=世界の理と一体化する」のは、オルフェウス教の教義に似ている感じかと。

・さすがにこれが元ネタ! とまでがっつくことはできませんが、スウェーデンボルグ(18世紀の神学者・神秘主義思想家。著作『天界と地獄』に「天使と悪魔」についての記述あり)、ブラウニング(スウェーデンボルグに影響を受けた詩人)、クオ・ヴァディス・パテル(我が神はいずこ。新約聖書の引用。息子ネイム・オンリーの《唯一の名》という名前は、「我が神はいずこ?」との掛け合い「その唯一の神の名前は《未来の女神スクルド》」になる?)と、神学系の元ネタは実際あるので、何かしら参考にしたものはあるのかも?と思いました。
・他秋田作品だったら『ベティ』のウィリアム・ブレイク(18世紀の詩人・版画家。スウェーデンボルグを師と仰ぎ、彼に影響を受けた。『天使の階段(ヤコブの夢)』というタイトルの、天まで続く螺旋階段をのぼる天使の絵画もある)もいますし。
・まあさすがに、オーフェンの魔王術詠唱に出てきた「永遠螺旋の彼方より」が、ウィリアムの絵画にちなんで、ということはないでしょう。
・ただ、『解放者』でのボンダインの「罪を負い、それでも丘を登ろう」という台詞は、ゴルゴダの丘を昇って磔になり贖罪を担ったキリストのイメージかなと思います。聖書的ニュアンスから物語を解釈するのも、面白いかと思います。

・ちなみにスウェーデンボルグの考えとしては、「神は神人である」だそうです。「神は無限の愛と知識を内に宿した、人の形をした存在である。人間は神をモデルにした、有限の知識を肉体に閉じ込められた存在にすぎない。有限的な人間は、己の狭い思考で神を当てはめてはならない。それは神を擬人化してしまうことだ」と唱えたそうです。
・「イエスは救世主・解放者の両面がある」とも説いたらしいですが、オーフェンは救世主となることを否定したけれど、解放者ではあるんですよね。
・また、著書『天界と地獄』で、善良な霊(=天使)が住む霊界について記しています。この霊界に「巨人」が現れ、「荘厳の森」があり「天使が歌う唄」も聞こえてくると言う描写があります。
重複しますが、オーフェンの魔王術詠唱に出てきた「遠く遠く歌の聞こえる」「震える森」は、どこかこの霊界をイメージさせる文句のようにも思えます。
(このあたりは『スウェーデンボルグの宗教世界』『スウェーデンボルグの霊界日記』を読んで参考にしました)

・話を戻すと、スウェーデンボリーがタチ悪いのは、『エンサイ』で秋田先生が語ったように、「ギリシア神話みたいに、絶対的な存在であるはずの神様が人間臭い思考でしか行動できないなら、それは怖い」ということなのかなと思いました。神様が人間と同じ肉体と思考を持っている世界は、確かに絶望しかないですね。
また、ヘレン・ケラーは著作『私の宗教』でスウェーデンボルグを「巨人(ティターン)的天才」と呼んでいるらしいですが、ボリーさんにとってみれば皮肉な感じがします。

◎新シリーズという物語◎
・今まで色々と語ってきましたが、私の妄想部分を除いて全体を見ると、秋田先生が「第四部なら今までとはまた違った、新しい物語が書けるかも」と考え、新シリーズ開始を決意した理由が分かる気がします。
・この新シリーズは、「現代」を反映している物語だと思います。旧シリーズはとりあえず「女神」という滅びの元凶があったので、それを対処するために大勢が動き、その中で比較的自由に動ける立場だったオーフェンは、選択を託され選択を突き付けられました。
・しかし、新シリーズは元凶が分からない。女神を滅ぼせば全て上手く収まるわけではないし、原大陸とキエサルヒマそれぞれのパワーバランスも崩れ、人を殺し続けてきた過去が贖われるわけでもない。ハッキリした敵を叩き潰せば終わる話ではない。
・こういう、混沌とした世界観がとても世相を反映していると私は思います。

・縛られる立場だったオーフェンが再びはぐれ魔術士となり、マヨールは心を揺り動かしている。色々なことが入り乱れ、どういう結末に辿り着くか分かりませんが、ひとまず続きを楽しみにしております。

以上です!


スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

リセ

Author:リセ
『オーフェン』後日談連載がきっかけで誕生。秋田禎信作品の二次創作や感想など。

リンクフリーです。諸連絡は各ページの拍手などでお願いいたします。

最新記事
twitter
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。